網走「語り部の館」

ネットワーク網走「語り部の館」

網走を観光で訪れる方々に、オホーツク・網走での生活体験や地域の歴史、文化、自然、産業、など息づく郷土の姿や隠されたエピソードなどを判りやすく紹介、”網走の魅力”を知っていただくことにより、いっそうの旅の楽しさや想い出づくりに役立ててもらうのが目的です。出前トーク、添乗案内、街角散歩など、気楽にご相談ください。

講師紹介

岩川芳道 川尻秀一 菊地慶一 小路康子 笹森武義 清水敦 清水晶子
高谷弘志 西田昭久 堀口敏幸 三島幸子

※各講師の写真をクリックすると、詳細へ移動します。

岩川芳道(いわかわ よしみち)

岩川芳道(いわかわ よしみち)

1943年網走市生まれ。網走の流氷宣伝で先駆けとなった流氷輸送作戦。昭和50年、国内では初めての試みである海上からの流氷陸揚げを成功させ、陸送して札幌市をはじめ道外大都市に展示したのが当時の若手グループ「青の会」、その中心となったリーダーのひとり。昭和53年に実施された沖縄への流氷・ 1800Kmの旅はNHKのドキュメンタリー番組にも取り上げられ、全国放映されて大きな話題を呼んだ。その後、国内各地から流氷の引き合いが殺到、「流氷の網走」を定着させる原動力となった。流氷の陸揚げはいまも流氷確保の最有力手段として続いている。
流氷まつりに登場した”流氷地曳”も「青の会」代表のときの発想。牽引ソリの製作や実行に伴う事故防止対策など苦労話はつきない。
■(有)宝石メガネ時計のオオタ社長

お話しのテーマ
□流氷輸送
□流氷と観光
□商店街活性化 など

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川尻秀一(かわじり しゅういち)

川尻秀一(かわじり しゅういち)

1964年網走市生まれ。農業経営を継いで25年。青年団体での活動を通じて、能取岬での地上絵など各種イベントに取り組み、平成11年、市内青年グループを結集した「2001年網走夢倶楽部」代表。
その後2001年夢倶楽部を衣替えした「夢未来網走」代表を平成13年から4年間努め、網走川をステージに「かわった祭」の開催など多彩な活動を展開。
■網走星空の会代表
■網走博物館友の会会員

お話しのテーマ
□オホーツクの農業
□北の星空
□イベントの舞台裏 など

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菊地慶一(きくち けいいち)

菊地慶一(きくち けいいち)

1932年旭川市生まれ、高校教師を退いた後、文筆業。
知床連峰、オホーツク海を眺望する網走市の高台に住まいして35年。長い間流氷の観察と研究を続け、流氷に関する著書を多く発刊する。そのほか網走歴史の会代表として、網走刑務所、捕鯨、オホーツク文化など網走地方の歴史の調査、研究に努めてきた。
網走市文化賞、林白言文学賞などを受賞。
主な著書に「流氷の世界」「もうひとつの知床」「街にクジラがいた風景」など。
■網走歴史の会代表

お話しのテーマ
□オホーツク文化人−どこから来てどこに去ったか
□クジラいろいろ−網走は捕鯨の基地だった
□知床秘話−番屋守と硫黄山物語
□網走刑務所物語 など

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小路康子(こうじ やすこ)

小路康子(こうじ やすこ)

1937年帯広市生まれ。消費者協会の事務局長を経て、平成10年に協会長に就任。幼児のときを除き、網走で過ごし隅から隅まで知り尽くす存在。そんなこともあって、消費者代表として参加する各種まちづくりの会合は消費者問題ばかりでなく、環境、中小企業、農業、水産、ごみ問題など実に幅広い。
消費者対策では初めての試みとして、平成2年からほぼ10年間、協会直営の”有機無農薬実験農場”を開設。地産地消面で大きな話題と関心を呼んだ。環境保全にも積極的で「次世代に継がれる自然と景観を」と強調。
かつて網走に滞在したニブフ族の語り部としてしられた中村チヨさん(故人)と中村さんの語る史話をまとめた『ギリヤーク(ニブフ)の昔話』の著者R・アウステリッツ氏との貴重な出会い秘話も持ち合わせている。
50年前に設立された「劇団ポプラ」の創立メンバーのひとり。自宅を稽古場に開放して公演活動を続けている。
■網走消費者協会会長

お話しのテーマ
□この街で演劇50年
□網走地方の環境保全
□北方少数民族ウィルタとのふれあい など

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笹森武義(ささもり たけよし)

笹森武義(ささもり たけよし)

1954年留萌郡小平町生まれ。父親が病に倒れ、大学を中退、家業の電気工事業をついて第二のふるさと網走に帰郷。以来30年余、会社経営と事業拡大に取り組んできた。その柱となっている大きな手法は寒冷地に適した効率性と合理性の追求。平成5年にはロードヒーティングの簡易工法「融かすゾウ」を開発した。ランニングコストが安く付く、と話題になりマスコミにも取り上げられた。
近年はイベント会社を設立、「かわった祭」など主要なイベントの仕掛けから仕上げまで、裏の舞台づくりに携わっている。イベント内容の充実に役立つ提言が具体化した例はひきもきらない。
■(株)笹森電気社長

お話しのテーマ
□イベントの舞台裏
□北国の生活
□寒冷地工法 など

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清水 敦(しみず あつし)

清水 敦(しみず あつし)

1937年東京都生まれ。銅版画家、造形作家。直刻銅版画(メゾチント)のすぐれた技法と静謐な世界が内外で高く評価されている。豊かな自然に魅せられ平成2年、植物画家の妻晶子氏と札幌から網走に移住。3ヘクタールの雑木林に、緑の錬金術工房「森の家」を構えた。
現在年に4,5回本州での個展の合間をぬって地元の豊富な素材を駆使した様々な造形作品を生みだしている。代表的なのは「氷の独楽」。カラフルな北方模様で彩られ氷上で回る独楽はNHK衛星放送で紹介され評判を呼んだ。オホーツクの生き物を丸太にチェーンソーで彫り込んだログアートは、オホーツクポールと呼ばれモニュメントや遊具に。流氷にアムールの精霊を彫った流氷彫刻群、オホーツク海を望むしおさい公園の「風見鯨」など遊び心のあふれた作品は刺激的で多彩。
網走遊民倶楽部を率い、「創造的なあそび」をモットーに暮らしを楽しみ、ネオモヨロ人を自称している。
■網走遊民倶楽部会長

お話しのテーマ
□呼人開拓史
□網走はものづくりの楽園
□世界の遊び「氷の独楽作り」 など

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清水晶子(しみず あきこ)

清水晶子(しみず あきこ)

1940年東京都生まれ。植物画家。北海道にあこがれ、子育てのために来網。網走に永住。生命感あふれる植物の姿をみずみずしく描く現代日本を代表するポタニカルアーチストの一人。オホーツクの原生花園の草花や湿性植物の開花から結実までを描く独特の手法は、地域特性や季節感をリアルに伝える。近年草場やから野菜や樹木へとモチーフの幅を広げた。
これまでに「いのちを描く」植物画集、「毒草の誘惑」(講談社)や「北海道花日記」(北海道新聞社)などを刊行。個展「自然への畏敬」(北方民族博物館)や各地でのワークショップで花の宝庫北海道の素晴らしさを広く伝えている。また、植物画の普及に力をそそぎ北海道に多くの植物画家を育ててきた。
自然保護活動にも情熱をもち、夫敦氏とともに仲間を集め、埋立が懸念された網走市呼人の水芭蕉群落の保全を全国に呼びかけ買い取りに成功。呼人の水芭蕉群落は網走の名所の一つになっている。
■北海道植物が協会会長
■網走湖・水と緑の会代表
■北海道自然観察指導員

お話しのテーマ
□オホーツク・野の花歳時記
□呼人水芭蕉群落
□植物画の世界 など

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高谷弘志(たかや ひろし)

高谷弘志(たかや ひろし)

1952年千歳市生まれ。旅行会社のJTBに30年勤務。各種営業を担当旅行プロジューサーとしてツアー企画や、添乗員としても国内はもとより世界中に足を運び、グローバルな視点を養う。
「50歳で人生を変える」という持論を実践し、網走支店長を最後に平成14年1月に退社。札幌から家族を呼び寄せ網走に移住。
50坪の家庭菜園や鵜骨鶏の肥育、果樹栽培などを行いながら、旅行業の経験や趣味・幅広い活動を活かし「広域的なひとづくり・まちづくり」に日々奔走。
旅人の視点で東オホーツクの新たな魅力を創造・発信。シーニックバイウエイで嫉視した「大雪原をひとりじめ」は、地域資源を活かした日本初のユニークな企画として、テレビや朝日新聞で全国的な注目を集める。
自他共に認める東オホーツクの「新たな観光の仕掛け人」。
■ジェイエコツアー(株)取締役
■東オホーツクシーニックバイウエイ連携会代表
■NPO法人産業クラスター東オホーツク副理事長
■オホーツクホーストレッキング研究会会長

お話しのテーマ
□東オホーツクの魅力−これで私は移住した など

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西田昭久(にしだ あきひさ)

西田昭久(にしだ あきひさ)

1942年枝幸町生まれ。10年余りの地方紙の新聞記者を経て、昭和51年網走市観光協会事務局に転身。”観光の通年化”を最大課題として冬季流氷観光のメジャー化に努力。平成17年、専務理事を最後に退任した。その間、およそ30年、流氷売り込み戦略の立案、旅行・空港・出版業界などへの働きかけに海外も含め、全国を行脚、実行に取り組んだ。また、オフシーズン対策に取り上げた「網走感動朝市」「カムバックサーモンin網走湖」はいまも順調に推移。
現在も観光の人づくり、体験観光の充実に熱意を燃やしている。
■網走星空の会副代表

お話しのテーマ
□北方少数民族と網走
□網走観光の今昔
□網走観光資源 など

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堀口敏幸(ほりぐち としゆき)

堀口敏幸(ほりぐち としゆき)

1949年網走市生まれ。高校を卒業してすぐに料理人を目指して鎌倉へ。その後ふるさと網走に戻り市内の老舗店での修業時代を経て昭和48年日本料理店「花のれん」を創業。網走を代表するいまの割烹料理店に育て上げた。ふるさとにふさわしい”味”をいかに引き出すかが平素の最重要テーマ。ひんぱんにTVの出演依頼を受け、日本料理のつくり方を披露、料理の達人ぶりを発揮している。地場山菜の調理では、かつての「灰汁(あく)を取り除く時代から、灰汁の魅力を引き出すことも大切」と研究に余念がない。来店の観光客にはツブの貝殻に日付と店名を書き入れた記念プレゼントを続けている。
■網走郷土料理名店会事務局長
■あばしりグルメ街活性化協議会幹事長

お話しのテーマ
□郷土料理
□地場山菜を活かす料理法□飲食街の活性化 など

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三島幸子(みしま さちこ)

三島幸子(みしま さちこ)

1948年網走市生まれ。網走市観光協会、網走市観光課など観光分野で勤務のあと、昭和55年オホーツク流氷館(株・網走観光振興公社)のオープンと同時に転身。管理、営業を担当。平成12年から営業部長として全国、時には海外にも誘客行脚を続け、いまでは流氷館だけではなく、網走市を代表するセールスの”顔”になっている。網走観光の利点、弱点をしりつくしている存在。
スキーは全日本スキー連盟指導員の資格を持つ腕前。スキー修学旅行受け入れでは毎回指導員を努め、「親切でやさしいお姉さん」と生徒たちの人気No.1を誇る。
■オホーツク流氷館営業部長

お話しのテーマ
□流氷の天使クリオネ
□網走の観光資源 など


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お話のテーマと内容

テーマ メニュー
自然 流氷あれこれ
流氷の昔と現在、将来は?
流氷の天使クリオネと私
裏話 流氷陸揚げ作戦
日本の北限は世界の南限
網走四季彩彩
北の星空と宇宙の不思議
サケとマス
オホーツクの野の花
流氷に乗ってたァ?
野の花の宝庫・網走
オホーツク・野の花歳時記
産業 オホーツク農業は今
北の野菜の不思議
歴史 オホーツク文化人−どこから来てどこに去ったか
クジラいろいろ−網走は捕鯨の基地だった
知床秘話−番屋守と硫黄山物語
釧路街道と豆成金
時代を映した北盛亭
網走のはじまり−帽子岩とアイヌ民話
網走刑務所と番外地物語
呼人開拓物語
文化 この街で演劇50年
植物画の楽しみ
網走はものづくりの楽園
生活 監獄(刑務所)のある街に住んで
東オホーツクの魅力−これで私は移住した
冬の食べ物
旬の味覚
網走七珍物語
食文化とこの街
北方少数民族ウィルタとのふれあい
心に残る人々
観光 網走観光・とっておき裏話
イベント裏話
観光と地域の人々
ここには行ってみたい隠れ名所

講話の時間は30分〜1時間30分です。企画に合わせ時間調整が可能です。

お問い合わせは TEL 0152-43-1601 西田へ または
網走市観光協会 へご連絡ください。

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